グルメ,  ラーメン,  煮干し,  相模原,  醤油ラーメン

普通を侮るべからず

皆様は「大勝軒(たいしょうけん)」という
お店の名前を目にしたことはありますか?

あんまりラーメン知識がない方でも
せめて一度は聞いたことはあるであろう大勝軒

白いタオル巻いたおじさんのお店っていえば
何となくイメージがある方もいるのでは?
それがこの人、故・山岸一雄さん
ラーメンの神様とも呼ばれたお方であります

インスタント麺やメディアに進出した事で
その顔と店名が一気に全国区となりましたね

色んなとこにある大勝軒ですが
店によって全然違った経験はありませんか?

今回はそんな大勝軒事情の紹介から
のれん会と呼ばれる大勝軒系列の構図
1947年に誕生した日本最古のつけ麺・丸長

当時の立ち上げメンバーの故・坂口正安氏
1951年中野大勝軒を創業したのが始まり

そこから独立をして山岸氏が開業したのが
前述の東池袋大勝軒をはじめとした系統

その特徴は何と言ってもボリュームある太麺
元祖から継承されてきたつけ麺が有名

後に大勝軒のれん会なるものが発足してます

まぁ、長くなるので割愛しますが
分裂騒動があったのも記憶に新しいですね
「大勝軒 淵野辺店」
さて、今回は大勝軒淵野辺店へ

まず最初にお伝えしたいのは
上記の歴史とは全くの別物であるということ
(のれん会のお話はあくまで雑学レベル)

淵野辺店は永福町系と呼ばれている系列です


独自の歴史があるのれん会の裏で
異なる物として誕生したのが永福町大勝軒

歴史は1955年創業で実はほぼ同じ時期です

こちらの系列は麺が大盛、麺は中細
昔懐かしい中華そばって感じが多いです

のれん会系列とは似て非なる全くの別物です


ちなみに本当に最初の大勝軒といわれるのは
時代をさらに遡ること40年も前の話

戦後に誕生した人形町大勝軒(1912年)

町中華のお店で最後は喫茶店になったらしい
(現在は暖簾分けの1店舗のみが残ってます)

名前の由来も日露戦争において
日本が大勝したことが由来なんだとか

各系統の名前は同じ大勝軒でも
歴史も系統も味も違う別物なのです

家系やラーショ系との大きな違いですね
ガラス越しに見えるラーメン作り
今回はおひとり様なのでカウンター席

カウンターではラーメンを作る姿が見れます

蕎麦屋で蕎麦打ちを見るような感覚
思わず厨房に視線がいってしまいますね

ちなみに卓上にメニューはありません
壁を見るか、周りの人の真似をしましょう
写真では伝わりにくいが、普通でもかなり多い
【チャーシューめん(ふつう) 1,110円】

率直な感想だけど「え、ふつうがこの量?!」

写真では分かりにくいですが
普通のラーメンの1.5倍ほどのサイズです

ちなみに永福町系列はつけ麺は取り扱いなし

ラーメン一本勝負の代わりに
この大盛りサイズのボリュームが持ち味

スープは煮干しと醤油のハーモニー
シンプルなネギとメンマのみのトッピング

まさに昔懐かしい中華そばって感じです

チャーシューは脂がキツくはなく
一枚一枚のサイズがとても大きいです
 
大量の麺は中細麺、スープはあっさりなので
普段は少食な私でも意外と完食できました
チャーシューも大判!一口では食べ切れないぞ!
老若男女に愛される大勝軒淵野辺店
ボリューム満点の昔ながらの中華そばでした

内装はとても綺麗(移転したんだっけ?)なのに
壁のメニューがめっちゃ手書きなのはご愛嬌

シンプルで食べやすいラーメンなので
是非お子さんも連れて訪れて欲しいです


<本日の掲載店舗>
 大勝軒 淵野辺店
 相模原市中央区淵野辺2-6-24

相模原市出身。関学大卒業後の22歳からDJとして新宿・六本木など都内各所で活動。2020年にはSME Projectより自身初となるミックスアルバムを発売する。2023年より地元・相模原を拠点に移し、DJの講師や体験ワークショップを開催。本業の自動車業の傍ら、市のイベント運営や地域貢献活動も精力的に行なう。主に市内のラーメン情報を得意とし、相模原市長からもラーメンインフルエンサーとして認識される。年間150杯以上のラーメンを食す。